蛋白尿を治療のターゲットとしたIgA腎症の免疫抑制治療

まとめ

 

1)IgA腎症では免疫抑制治療後の蛋白尿の程度がその後の腎機能予後を強く規定している

2)免疫抑制治療に対する感受性は個々の患者さんで異なるはず。

3)1) 2)より、特定のプロトコールにこだわらずに、個々の患者さんの蛋白尿を治療のターゲットとしたアプローチが理にかなう。

4)RCTは蛋白尿の寛解率や副作用のリスクに関する情報を得る意味で重要であるが、RCTの結果を根拠として個々のIgA腎症の患者さんの至適な治療法を決定することはできない。➡️

5)治療選択においては治療後の再発率や腎予後に関するコホート研究のデータも重要
    例1
  扁摘は再発を減らす ➡️

            例2 ステロイドパルスは1回より3回で蛋白尿の経過・腎予後がよい➡️

 

 

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糖尿病では、血糖が高いと合併症のリスクが高くなる知られ、血糖をコントロールすることを治療のターゲットとし、結果として合併症の発症を抑制することができるタイプの病気です。

IgA腎症の場合、糖尿病における血糖以上に、尿蛋白が予後を強く規定していることが明らかとなっており、尿蛋白を治療のターゲットとするアプローチが理にかなうと考えています。

 

1)1g以上持続の絶対リスクは極めて高い

IgA腎症の場合、尿蛋白が1g以上が持続した場合の末期腎不全の絶対リスクは極めて高く、10年で20〜30%が、20年では60〜70%が末期腎不全に進行していしまいます。 

1型糖尿病の場合、30年で末期腎不全に至る症例は2パーセントにすぎません
    〜 (Arch Intern Med. 2009 169(14):1307 PMID: 19636033)。

1g以上の蛋白尿が持続するIgA腎症は極めて予後不良の疾患です。

 

 

2) 尿蛋白が減少した場合の相対リスクの低下が著しい

 

初期に蛋白尿が多くても、その後に蛋白尿が低下した場合のリスクは著しく低下することもIgA腎症の特徴です。

腎機能低下のHRは 10倍〜100倍と著しいものがあります。

   Time average proteinuria と 腎予後➡️ をご覧ください。

また糖尿病と比較をしてしまいますが 1型糖尿病で血糖の強化療法をした場合の微量アルブミン尿出現症例が半数になる程度です。(N Engl J Med 2011;365:2366-76.

IgA腎症における尿蛋白減少は予後を著しく改善することが期待できるとしてよいと考えます。

 

 

この数年、CKD一般のコホート研究で経過中の尿蛋白が腎機能の予後を強く規定することが繰り返し報告されていますが、IgA腎症では10年ほど前より、経過中の蛋白尿が予後の極めて強い規定因子であることが報告されてきました。IgA腎症一般を対象コホート研究によるものもありますし、免疫抑制治療のRCTのサブ解析における報告もあります。 Time average proteinuria と 腎予後➡️ をご覧ください。

その結果、2019年のアメリカ腎臓学会誌 CJASNに、アメリカ腎臓学会とFDAの関連団体 Kidney Health Initiative のproject として、尿蛋白の減少をIgA腎症の治療の有効性を判定するサロゲートエンドポイントとしてよいだろうとの報告がなされました。つまり、IgA腎症において尿蛋白の減少は予後改善と極めて強くリンクしていることがこれまでのコホート研究から明らかとされているということです。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30635299

さらに、2020年にはFDAが蛋白尿の多い腎炎疾患において、尿蛋白の減少を治療薬承認のサロゲートエンドポイントと認めました。

 

薬剤、特に免疫抑制治療に対する感受性は個々の患者さんで異なるはずです。
尿蛋白の減少を末期腎不全進行抑制を目的とした臨床研究のサロゲート・エンドポイントにできるのであれば、個々の患者さんで尿蛋白を治療のターゲットとして治療のプロトコールを修正していくアプローチは理にかなう方法であるはずです。

 

IgA腎症では、自然寛解する症例も珍しくないことが知られています。自然寛解する患者さんにとっては、副作用のある免疫抑制治療をしないことが好ましい選択肢であるはずです。したがって、特定の免疫抑制プロトコールが全てのIgA腎症にとって最適である、ということはあり得ないことになります。

一方で現在日本で標準的となっている扁摘パルス治療をおこなっても尿蛋白の寛解が得られない患者さんも珍しくありません。免疫抑制治療後に蛋白尿が持続する場合は腎機能悪化のリスクが高いことがしられています。このような場合、特定のプロトコールに縛られることなく、蛋白尿の減少をターゲットとして追加の免疫治療を試みることも選択肢として理にかなうと考えます。

 

実際、尿蛋白の寛解と腎機能予後の関係があるとされるFSGSネフローゼでは、尿蛋白をターゲットとして、非寛解例では、免疫抑制治療追加することが一般的に推奨されています。
FSGSはIgA腎症より症例はすくなく、蛋白尿と腎予後の関連は FSGSよりIgA腎症でよりデータがあるように思います。

 

また、STPOIgANという免疫抑制治療の有効性を検討したRCTでは、免疫抑制治療にエントリーする前に ACEI/ARBの投与を尿蛋白をターゲットとしての増量するアプローチがとられています。ACEI/ARBにくらべると、免疫抑制治療は副作用のリスクが高いことは事実ですが、上述したように、尿蛋白が持続した場合の絶対リスクが極めて高いこと、蛋白尿が減少した場合の相対リスクがわめて大きいことを考えると、免疫抑制治療の追加は選択肢として十分にあり得ると考えます。

 

  

これまで、IgA腎症の免疫抑制治療方法を検討したRCTでは、蛋白尿の多い患者さんを対象に異なる固定されたプロトコール振り分ける形でなされてきましたが、IgA腎症の個々の患者さんにとって至適な治療方法を、このような固定プロトコールのRCTの結果だけで決定できることは原理的にあり得ないと考えます。 
     個々の患者さんの最適治療はRCTでは決定できないと考えます➡️   をご参照ください。

 
固定プロトコールのRCTは、1)尿蛋白の寛解がどの程度期待できるか  2)副作用のリスクがどの程度か を評価する上では重要と考えますが、
個々のIgA腎症のp患者さんにおいて末期腎不全進行を抑えるためには、尿蛋白を治療のターゲットとして治療方法を修正していくアプローチが 現在も、そして、将来にわたり、理にかなう治療戦略であると考えます。

 

RCTはある患者Aさんと類似した患者さんたち集団の結果が、その患者Aさんにとっても利益をもたらすであろう、という予想のもとに行う治療法です。

蛋白尿をターゲットとするアプローチは個々の患者さん患者Aさんの特性に合わせた治療を選択していくアプローチ

優れたサロゲートマーカーが無い疾患であればRCTの結果に賭けるしかありませんが、IgA腎症において尿蛋白は極めて優れたサロゲートマーカーです。個々の患者さんのの推移を目安にした方が良い結果につながる可能性が高いと考えられます。

理想的には、固定プロトコール群、vs 尿蛋白をターゲットとしたプロトコール のRCTの施行が望まれます。