蛋白尿の少ないIgA腎症 その後 何割が悪化するか?

 

蛋白尿が少ないまま経過するIgA腎症の予後は良好ですが(➡️)腎生検時に蛋白尿の少ないIgA腎症において保存的な対応を受けると、どの程度の割合でその後に蛋白尿が増加し、腎不全へ進行するリスクの高いIgA腎症になってしまうのか? という問いは、治療選択において極めて重要な問いであり、このページで情報提供をしたいと思います。


この問題をあつかった小規模のコホート研究の論文はいくつかあり、それを引用したレビューもありますが、血圧上昇を有害な事象とらえるなどして、予後が悪いという印象を強調している場合が多いように思います。

このページでは、2010年代に報告されたより規模の大きいコホート研究のデータを読み解いてみた結果を紹介しますが、上記の論文の結果と乖離するものではありません。

予後がそれなりに、悪いを強調することは、検尿、経過観察が必須、であることを強調する意味ではよいのですが、過剰な心配を患者さんに与えるという意味でいかがなものか、と思えます。



 

まとめ

腎機能の低下がなく尿蛋白の少ないIgA腎症のその後の経過は下記の割合では、と考えています。

1)自然に検尿異常が消失する 自然寛解する              
           〜 3割ぐらい 
    〜予後は極めて良好
2)尿蛋白が増加せずにそのまま経過する      
   〜 4割ぐらい  
   〜 予後は良好     

3)尿蛋白が増加傾向を示し、0.5g を超えるが1g には至らない。      
      〜 2割ぐらい  
    〜 10年以上の長期経過で腎機能の悪化が起きる可能性があるが
      10年での末期腎不全への進行はかなりまれ。
4)尿蛋白が増加し、1g以上に至ってしまう       
         〜  1割ぐらい  
           〜 その後に蛋白尿が減少すれば腎不全へ進行するリスクはかなり低い ➡️
    〜 とはいえ、放置すると末期腎不全へ進行するリスクが高い➡️

          

 

 

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腎生検時に蛋白尿の少ないIgA腎症の場合、蛋白尿が0.5 gを超えずに経過することは珍しくなく、その場合、腎機能の進行性の悪化をきたすことは極めて例外的であることについては、蛋白尿の少ないまま経過するIgA腎症の予後は良好です➡️」をご覧ください。

 

 

一方で、免疫抑制治療が導入される以前には、血尿で始まり、数年後に蛋白尿が増加し、腎機能が悪化していく、という予後不良の経過をとるIgA腎症も珍しくありませんでした。現在では、免疫抑制治療の導入により、このような予後不良の経過をとる場合は例外的となっています。

 

10年ほど前に「ほとんどすべての IgA腎症が蛋白尿が増加し予後不良の経過をたどる」という仮説が流布された時期もありますが、現在の知見からは誤った仮説であったということができます。
この仮説と関連して、血尿発症後、3年を超えるてしまうと、扁摘パルスを受けても寛解に至らない症例が増えてしまう、という論文が発表され(この論文の問題点につていは、3年以内に扁摘パルスをしないと寛解しない? をご覧ください➡️)、蛋白尿を全く認めない血尿単独の場合でも、早期に腎生検を行い、IgA腎症と診断された場合は蛋白尿の程度に関わらず早期に扁摘パルスを行う、というアプローチがとられた場合もあったようです。

 

腎生検時に蛋白尿の少ないIgA腎症において、免疫抑制治療を受けず保存的な対応をうけると、どの程度の割合で上記のような悪い経過のIgA腎症になってしまうのか? という問いは、治療選択において極めて重要な問いであり、この問いについてこのページで情報提供をしたいと思います。

 

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直接的な大規模な研究はないので、ある程度の規模のコホート研究の結果をもとにした、類推的な記述となってしまいすが、
腎生検時に蛋白尿の少ないIgA腎症のその後の経過は 以下の4つ場合、それぞれで、下記の程度では、と考えています。

 

1)自然に検尿異常が消失する 自然寛解する              
           〜 3割ぐらい 
    〜予後は極めて良好
2)尿蛋白が増加せずにそのまま経過する      
   〜 4割ぐらい  
   〜 予後は極めて良好     
3)尿蛋白が増加傾向を示し、0.5g を超えるが1g には至らない。      
      〜 2割ぐらい  
    〜 10年以上の長期経過で腎機能の悪化が起きる可能性があるが
      10年での末期腎不全への進行はかなりまれ。
4)尿蛋白が増加し、1g以上に至ってしまう    
          〜  1割ぐらい  
           〜 その後に蛋白尿が減少すれば 腎不全へ進行するリスクはかなり低い ➡️

    〜 とはいえ、放置すると末期腎不全へ進行するリスクが高い➡️ 

0.5 g 以下の尿蛋白でも程度に差があります。
残念ながら十分な情報なないのですが、尿蛋白が少なければ少ないほど将来尿蛋白が増えるリスクは低くなると考えて良さそうです。
尿蛋白が0.1g 以下であれば、将来尿蛋白が0.5g を超えてくることは3割より低いと想定できそうです。
また、生検時のOxford分類でE1 and/or M1に分類された場合は尿蛋白増加のリスクが高いことも報告されています。

 

 


スペイン、日本、中国、ヨーロッパからの論文を紹介いたします。

 

1)J Am Soc Nephrol. 2012 Sep 28; 23(10): 1753–1760    ( https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3458461/ )  

 

 生検時に尿蛋白が0.5g 以下のIgA腎症141例の長期経過(中央値9年)の報告です。
141例中 21例(約15%)が尿蛋白が0.5g を超え、
さらに6例(4%)では 1g/dayを超え、この6例中4例で腎機能の若干の悪化が認められた、との報告です。
一方で、 41例 (29%)の症例で尿蛋白が消失したと報告されています。

 

 

 

(2)  Clin Exp Nephrol, 19 (5), 815-21  Oct 2015  (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25475403)  

  〜日本腎臓学会会員の方は https://www.jsn.or.jp/journal/cen/e-journal.php でログインにより全文が読めます。  

 

日本からの、扁摘も含む免疫抑制治療を受けたことのない、尿蛋白が0.5g 以下のIgA腎症 88例の経過の報告です。 
この論文では尿中RBCの多寡で群を分け、
それぞれでの尿蛋白の経過が median (interquartile range) 
で報告されています。

 

High-RBC group

0.29 (0.20–0.39)      at the time of renal biopsy,

0.27 (0.0–0.5)          at 1 year, 

0.275 (0.0–0.525)     at 2 year,

0.22 (0.0–0.47)        at 3 years, 

0.0 (0.0–0.37)           at 4 years, and 

0.255 (0.0–0.59)      at 5 years after renal biopsy. 

 

 

Low-RBC group was 

0.28 (0.16–0.35)     at the time of renal biopsy, 

0.17 (0.0–0.4)         at 1 year, 

0.05 (0.0–0.23)       at 2 year, 

0.21 (0.0–0.39)       at 3 years, 

0.17 (0.0–0.38)       at 4 years, and 

0.11 (0.0–0.26)       at 5 years after renal biopsy. 

 

median (interquartile range)  ですので、

         0.29 (0.20–0.39)    生検時

         0.27 (0.0–0.5)        1年後

の意味するところは、

生検時 尿蛋白 0.2 g 以下割合が 25%    0.39 g 〜0.5 g が25%

1年後には 少なくとも25%で蛋白尿が消失し、25%が尿蛋白が 0.5以上となった、と解釈できます。

IQR 75% の最大値は 0.59 であり、3割程度が尿蛋白が0.5を超える、
Primary end point(1gの蛋白尿、免疫抑制治療の開始)の割合が10%とされており、約1割が 1gを超えてくる、で良さそうです。

 

 

(3)  Nephrol Dial Transplant (2012) 27: 1479–1485 ( https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21965586 )  

 

中国のコホート研究です。約2割がステロイド治療を受けた症例がはいっていますが、尿蛋白が少ない状況での免疫抑制治療は日本と違い例外的なはずです。 経過中の蛋白尿の平均値 time average proteinuria (TA Proteinuria)の予後の詳細な報告です。生検時の尿蛋白が0.5g 以下の症例数は282例中、予後がある程度悪化するTA 0.5~1.0 となった症例は47例 16% 、予後が極めて不良であるTA 1.0 以上となった症例が 13例 4.6%  であり、78%がTA 0.5以下で経過したと報告されています。tima average proteinuria ですので、尿蛋白が増加傾向となった症例は 3割ぐらい、1g超えてくる症例が1割ぐらい、といった想定と一致していると考えます。

 

 

(4) Coppo R, et al   VALIGA study of the ERA-EDTA Immunonephrology Working Group.  Validation of the Oxford classification of IgA nephropathy in cohorts with different presentations and treatments.  Kidney Int. 2014 Oct;86(4):828-36. Epub 2014 Apr 2. PMID: 24694989

ヨーロッパ13カ国においてOxford分類の有用性を検証したVALIGA研究には 尿蛋白が 0.5g 以下の219例も含まれており、その予後の報告です。
Oxford分類で、M1 or E1を認める症例 (219例中の39例) では尿蛋白の増加のリスクた高いことを示した意味で重要な論文です。
1g以上の蛋白尿の出現をカプランマイヤーで示しており(fig 3)、M0E0でも10年で2割、 M1and/orE1 群では10年で6割、尿蛋白が1gを超えています。
スペインの報告(1)よりも 蛋白尿の出現リスクが高くなっていますが、この論文では脱落例が多く寛解群の脱落により蛋白尿増加の割合が高くなっている可能性あること、ならびに、0.5g以下でも蛋白尿の多い症例が多かったこと、が影響していると思います。
組織変化が強い場合、尿蛋白のレベルが 0.5g に近い場合、は 将来尿蛋白の増加のリスクが高くなる、と判断して良さそうです。

 

       8年でのF/U 症例数    生検時の蛋白尿:median (IQR)

論文(1)   77 / 144 (53%)                 0.2 (0.1–0.4)

論文(4)   45 / 219 (20%)                 0.3 (0.2-0.4)

 

   論文(2)の脱落も10年で37/88 (42%) であり、この論文の脱落例の多さが際立っています。
   寛解例が脱落しやすく、蛋白尿持続例は脱落しにくい、というバイアスがかかっていために蛋白尿増加例が多くなっていると考えられます。

 

 

(5) Kamei K, Harada R, Hamada R, Sakai T, Hamasaki Y, Hataya H, Ito S, Ishikura K, Honda M.
Proteinuria during Follow-Up Period and Long-Term Renal Survival of Childhood IgA Nephropathy.
PLoS One. 2016 Mar 15;11(3):e0150885. PMID: 26978656

日本からの小児IgA腎症の報告です。Fig 5の内容を記述します。
生検時尿蛋白が0.2g/day/1.73 m2以下の3例はそのまま蛋白尿の増加はなく経過し、生検時尿蛋白が0.2 - 1.0 g/day/1.73 m2以下の32例(経過中に2人がステロイド治療をうけていますが、尿蛋白が1g以上に増加した4例の中の2例と思われます)では、その後 1g以上の蛋白尿の持続に至った症例が4例です。尿蛋白1.0 g/day/1.73 m2以下 の35例で4例ですので、尿蛋白0.5 g/day/1.73 m2 以下 であれば 1g以上の蛋白尿の持続に至る症例は1割未満と想定して良さそうです。
生検時尿蛋白が 0.2 - 1.0 g/day/1.73 m2以下の32例において 0.2 g/day/1.73 m以下に寛解した症例が10例 (31%) 、0.2–1.0 g/day/1.73 m2の蛋白尿で経過した症例が18例です。
小児例でも上記の想定と一致しているようです。
なお、1.0 g/day/1.73 m2以下の蛋白尿で経過した症例では中央値11.8年で腎機能の悪化症例はみとめていません。