保存期Hb目標値は10〜11で十分。Hb12g/dl 以上は危険です。

 

現在の日本腎臓学会、日本透析医学会のガイドラインでは、

保存期CKD患者のESA治療における目標Hb値は11 g/dL以上13 g/dL未満 となっているようですが、

「保存期Hb目標値は10〜11で十分。Hb12g/dl 以上が危険である可能性は否定されていない。」 というお話です。

 

2012年の日本腎臓学会のガイドラインでは 保存期Hb目標値 10 ~ 12 g/dLでした。
その目標値が、2015年版日本透析医学会のガイドラインで11 g/dL以上13 g/dL未満 に引き上げられ、
2018年の日本腎臓学会のガイドラインでも採用されたという経緯です。

 

その引き上げの根拠となった日本からの A21とよばれた 2012年12月に発表された 論文があります。

 

High target hemoglobin with erythropoiesis-stimulating agents has advantages in the renal function of non-dialysis chronic kidney disease patients
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23190512/

       〜(こちらから全文参照できます。)

 

2015年版日本透析医学会のガイドラインが発表された直後に発表された
前日本腎臓学会理事長の松尾先生 現在の理事長の柏原先生 によるHb目標値引き上げについての見解が下記です。

 

「2015年版日本透析医学会「慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」が刊行されました。腎性貧血治療の目標Hb値と、治療開始Hb値が、日本腎臓学会「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2013」と一見、異なった内容になっています。診療現場で混乱を生じる可能性も考慮し、日本腎臓学会では学術委員会の場で対応につき協議いたしました。その結果、1)両学会のガイドラインは具体的なHb値を記載したか否かを除き、その内容には大きな差はないと考えられる、2)日本透析医学会の腎性貧血ガイドラインは2004年、2008年に次ぐ第3次の改訂であり、両ガイドラインの作成経緯の相違が表現に反映されていると考えられる、3)「CKD診療ガイドライン2013」発刊後、当該領域の有力なエビデンスが報告されていない、3)同ガイドライン作成時に熟議を尽くした、4)日本透析医学会ガイドラインにおいても「安全性を考慮し、個々の患者に応じた目標Hb値の設定を行うことが重要」と結論されていること、をあらためて確認いたしました。 結論として、現時点でただちに日本腎臓学会「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2013」第7章「腎性貧血」の内容に変更を要するものではないという結論に達しました。日本腎臓学会は、2018年にエビデンスに基づくCKD診療ガイドラインを改訂するための準備委員会を設置しております。現在日本で進行中の研究を含め、より多くのエビデンスに基づき、必要に応じて、CKD患者の腎性貧血に対する管理・治療指針についても改定を行う予定であります。CKD診療にあたる先生方におかれましては、上記の背景を御配慮いただき、適切な腎性貧血治療に努めていただきますよう、宜しくお願い申し上げます。

平成28年4月5日日本腎臓学会  理事長 松尾清一学術委員会委員長 柏原直樹 」

 

と、松尾先生、柏原先生、ともに、A21は 有力なエビデンスではない、と判断されていらっしゃいます。

  

また  JINZOU NET でも山本裕康 先生も 
「A21研究の対象となった症例が限定されていること、副作用とすべきイベントの解析に課題が残されている事などから、その解釈は慎重にすべきであり」 
とコメントされています。
 https://www.jinzou.net/01/pro/sentan/vol_33/ch01.html 

 

以下、A21論文を根拠に Hb目標値を上げない方がよい理由を説明いたしますが、

A21を根拠に目標Hb値の引き上げがなされた理由の一つに
日本医療機能評価機構 MINDSのガイドライン作成のガイドラインが RCTをとにかく重視しろ、という方向性であることがあるのでは と思っています。
RCTも玉石混合です。コホート研究ももちろん玉石混合です。
NEJMにのる大規模長期のコホート研究もあれば、日本の商業雑誌にかろうじて掲載されたRCTもあるわけです。

IgA腎症のように、疾患の種類によってはRCTでの検証がそもそも不可能であり、コホート研究の結果を参考に治療指針を検討すべき疾患もあります。    
    〜 ➡️ RCTで個々の患者さんの最適治療はは決定できないと考えます ご参照ください。

RCT重視のためにCKDの進行抑制を短期的なeGFRの低下をサロゲートエンドポイントとしたRCTで評価しよう、という試みには問題があります。
    〜 ➡️短期的なGFRの低下をendpointとしたRCTの問題点 ご参照ください。

RCTの結果をとにかく重視した治療選択決定が好ましい結果を生まない事例は、ここで扱うHbの目標値以外にも、多数あるのでは、と思います。
これについては別のページでまとめたいと思っています。

 

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保存期CKDのESA治療のHbの目標値 10~12 を 11〜13 に引き上げるのであるとすれば、

 

1)Hb12以上13までの高いHb目標値が安全であることが示された。
2)Hb10~11では 腎保護に不十分であることが示された。

 

という 2つの要件が必要と思いますが、
日本のRCTであるA21の結果から、このような情報が得られたとするは、かなりの無理があります。

 

 

 1) A21の結果から Hb 12~13 の高いHb値が安全とは言えません。むしろ「危険」が示唆されている。

 

1)-1  Hb12以上で維持された糖尿病の患者は極端に少なく、安全評価はできない。

糖尿病性腎症の保存期における高ヘモグロビン値をターゲットとしたESA治療では脳梗塞の合併症が増えることが先行した4038人 大規模研究 TREAT で報告されました。

A21は 対象321人の小規模の研究です。
大規模の研究で観察された有害イベントを小希望の研究で観察されtなかったことを根拠に否定するということは
医学の常識ではありえないことですが、

さらに、細かくみると、、、、

A21は 糖尿病患者の症例数は合計70人に過ぎませんが、TREATは糖尿病患者の研究です。
さらに、FIG1 をみると、高Hbターゲット群の 経過中のHbの平均値は 高Hb群でも12に到達していません。
(Abstractで12g/dl とされいるのは最終のHb値です。)
従って、Hb12以上で維持された糖尿病性合併患者の患者数は 20人にも満たないと思われ ます。
TREATでは高Hbターゲット群の経過中のHbの平均は12.5 ときちんと12以上になっています。


Hb12以上に維持された約2000人の糖尿病の患者さんで観察された
Hbを12以上にあげることによる糖尿病を有するCKD患者における脳梗塞増加のリスクを
Hb12g以上に維持された糖尿病患者20人の結果をもとに、否定できる、
はさらにおかしな主張ということになってしまいます。

 

1)-2 死亡例を有害事象としていない。高Hbターゲットで有害事象は増加傾向にある。

A21 では死亡をPrimary endpoint としていることをもってして、死亡を有害事象としてカウント していません。
死亡例は 高Hb群3名 低Hb群1名と Hb群で増加傾向を示しています。


有害事象を報告しているTable 2をもとに 重大と思われる下記の有害事象の例数を集計してみると、

Retinal vein occlusion
Lacunar infarction
Myocardial infarction
Arteriovenous fistula occlusion
Myocardial ischemia
Angina pectoris
Pulmonary congestion
Cardiac failure congestive
Cerebellar infarction
Cerebral infarction
Cardiac failureCerebral ischemia
Fat embolism
Cardiac failure chronic

 

高Hb群 18  低Hb群 13 となります。

死亡を有害事象として加えれば、
高Hb群は161例中21例 (13.0%) 低Hb群 は160例中14例(8.7%)  に重大な有害事象が発生したことになります。

Nが少なく有意差はつかないと思いますが、仮にこの割合のままであれば、症例数が3倍程度あれば有意差がついてしまう傾向です。
糖尿病症例が少なく、高Hb群の経過中のHbの平均は12以下の患者群で、このような結果 であることは
Hb 12以上をターゲットとするESA治療は危険であるという これまでの海外の知見を支持する結果と解釈が 安全といういみでは妥当と思えます。

Type II エラー と呼ばれていると思うのですが、症例数が少ないことにより統計上の有意差がつかなかった可能性が十分にあるわけであり
有意差がつかなかったから安全が示された、と解釈することはNGです。

〜 近頃の話題としては アビガンの有効性がしめされなかった という研究があります。
〜 N 80程度の臨床研究で良い傾向はあったものの、有意差がつかなかった、といった結果でしたが
〜 感染症の専門医の中でも、イターネットで type II エラーに言及せずに、有効性は否定されたような 発言をする例もあり、困ったもです。
〜 Type II エラーと類似した問題として、あるサブグループには有効、という場合があります。抗癌剤の感受性などで多数報告があると思います。

 

2) Hgb 10~11g/dl は腎保護に不十分であることがA21 で示されたか? 

2)-1  対象群の目標値が 9-11と低く設定されており、最低目標値を10から11に引き上げる根拠とはなりえな い。

対象群の目標Hb値は9-11 でです。
実際の治療中の到達Hbの平均値は10であり、対象症例に Hb10以下の症例が多数 含まれた結果です。
従って、仮に、この研究における高Hb群で腎予後 が良いことがしっかりと示されていたとしても、
Hb10以下の症例が多数含まれたことが原因と考えらるので
Hb10をHb11にすると腎予後が改善するという根拠のなり得ません。
 

2)-2 高Hb群の腎予後が予後良い とした多変量解析おいて、変数選択方法が恣意的であり、
高Hb群の腎予後が予後良いという結果を無理やりだしています。

 

このホームページでは蛋白尿が腎不全進行の強い規定因子であることを強調していますが、
A21でも、Fig 6にて、 Baseline urinary protein 1.0 g/gCr 以上 が HR3.58と 有意な腎予後の危険因子として抽出さ れています。

なのですが、高Hb群で腎予後がよかったとした多変量解析の一つ(Fig4 )では、
Baseline urinary proteinを解析対象から除いています。

  • 1.0 g/g·Cr 以下  高Hb群 31.65%  低Hb群 27.67%
  • 1.0 g/g·Cr 以上  高Hb群 68.35%  低Hb群 72.33%

と 蛋白尿1g/gCr 以下の割合は 高Hb群 で多くなっているので、蛋白尿を組み込むと高Hb群に不利に働きます。
尿蛋白をいれなくても有意差はギリギリですので、入れた場合は有意にならなかったのでは、と想像してしまいます。

 

ついで FIG 6 の多変量解析では 初期尿蛋白を組み入れて解析をしているのですが、
同時に Hbの目標値に到達していたか否か、という奇妙な指標が組み込まれています。
ESA抵抗性の症例は予後が不良であり、かつ、Hb10以下の症例の腎予後は悪いので、
  〜 Hbの目標値に到達していた群の腎予後は良い、目標Hb値を達成した群の予後が良い、は当然で す。
一方で 高Hb群と低Hb群では、目標値到達の割合は、高Hb群(11以上)で72% 低Hb群(9以上)で89% と
  〜 これも当然のことながら、高Hb群で到達の割合が低くなっています。
この指標を組み込むことで、多変量解析において高 Hb群に有利にはたらくことは明らかであり、高 Hb群に下駄を履かせた(古い表現かも)ようなものです。
この下駄のおかげで、この解析では初期蛋白尿を組み入れたたものの、高Hb群では有意に腎予後がよかったとすることができた、と思われます。

 

このように、この論文の多変量解析は恣意的な変数の選択がなされており、
この論文において、高Hbターゲットにおいて、腎予後が改善した、示された、と解釈することはできないと思います。

 

以上まとめると、

A21を根拠に、Hb 10〜11  を 11以上にする必要はなさそう。
A21の結果からでも、Hb 12近くにすると合併症のリスクがあがりあそう。

だと思います。 

 

 

そして、2020年になり 日本から下記論文が発表されました。

Clin J Am Soc Nephrol 2020 May 7;15(5):608-615.  doi: 10.2215/CJN.08900719. Epub 2020 Apr 3.
Darbepoetin Alfa in Patients with Advanced CKD without Diabetes: Randomized, Controlled Trial

 

非糖尿病・CKD
eGFR 20〜8 min per 1.73 m2
Nは 239 and 240 でA21と同じくHb 9~11 VS 11~13 を比較したRCTです。
保存期の一般的なHbターゲットは10以上とされている時代に、対照群のターゲットHbを9〜11としてよいものか、とも思いますが、
達成されたHbは
  High target 群 11.2±1.1  
  low target 群   10.0±0.9 g/dl 
と、High taget 群のHb の平均値 はA12研究より低くなっています。
研究に参加した専門家の医師たちが、11-13 g/dlに割り振られても、11g/dl ギリギリをねらっていた、が伺えます。
高いHb値が危険、かつ、有用性が低い、と認識している専門家が多い、ということでは、と類推可能です。

 

エンドポイントで有意差がついていませんが、High target群がやや良く、合併症は同等、と引用がなされる場合も多いようですが、
Caridiovascular composite end point + Death + any Serious advers event は 57 VS 38 と、高ターゲットで合併症の増加傾向がありました。
死亡例も14 VS 11 と高ターゲット群で 多くなっています。

CKD G4を対象とした研究で、透析導入が若干先送りされることは悪いことではありませんが、観察期間をさらに伸ばせば、全例が透析のエンドポイントに達すると想定できます。その時点では、高ターゲットで介入したCKD患者は合併症既往例+死亡例が増えていることになりそうです。
少々の透析の先送りを目的に合併症リスクの高い治療方針をとることがよいこと、とはとても思えません。

また、

2021年にhRADIANCE-CKD の結果はHb値10〜11はリスクにならないことを示唆している点で興味深い内容です。

2012年〜2017年に日本で行われたRCTで、ESA治療を開始された eGFR 6 mL/min/1.73 m 以上のCKD 患者において、
初期のESA治療で Hb 11 g/dL 未満の 362 人 をエントリー、
高ターゲット群 Hb 11 g/dL 以上を目指してESAを増量した群と、エントリー時のHbのキープを目指す群を比較した論文です。
おそらくは ESA抵抗性の症例が多数エントリーしているはずの患者群です。
達成Hbはここでも 高ターゲット10.44 g/dL Hbキープ群 10.05 g/dL と日本の腎臓内科医の常識に沿った結果となっています。

エンドポイントに差はなかったのですが、

同時に、高ターゲット群ではESA使用量がおおかったのにもかかわらず、合併症に差はありませんでした。

この結果は Hb10.5 程度ならば、ESA抵抗性の患者群でESAを少々多めにつかっても、合併症は増えないことを示唆していると考えられます。

 

 

観察研究の論文もいくつかあり、経過中のHb 11g/dl 以上 以下で比較し、11 以上がよいかったとする例が多いと思います。
この手法の問題点はHb 10 以下の予後が極めて悪い、という点です。
Hb10~11 と 11 以上を比較しなければ 目標値 10~11 を 11以上に上げる根拠になりません

 

予後.jpg

 

 

Clinical and Experimental Nephrology (2019) 23:349–361

 

は 保存期においてESA投与中のHb値と腎予後を検証した観察研究ですが、

では Hb  ~9   9~10   10~11  11~12  12~ の個別のデータもきちんと報告されています。Fig4

10~11  11~12  12~  の三群は KMで差はほとんどありません。

 

 

10~11  は若干悪そうに見えますが、
1)Hb値が高い群はESA抵抗性が低い症例が多い

2)腎予後をend-point とした場合、腎機能低下が進行するとHbが低下する

といった要素がHb高値に有利に働きます。
この論文でもHb11以上以下の比較において、ESAの使用量が11以下より低くいことが報告されています。
多変量解析や傾向スコアでこの両者を組み込めば、Hb10~11の予後はより良くなるはずです。