蛋白尿の少ないまま経過する  IgA腎症の予後は良好です。

  蛋白尿とIgA腎症の予後については トップページの記述もご参照ください → https://igan-proteinuria.net

 

健康診断で蛋白尿が陰性でも尿潜血を認めると「IgA腎症の可能性があります」と説明を受ける場合が多いと思います。そして、「IgA腎症」とインターネットで検索をすると、下記のような「IgA腎症は 10年で20%、20年で40%程度が末期腎不全に進行する」という記述を目にすることもあるかと思いますが、蛋白尿が出現・増加しないまま経過するIgA腎症も珍しくなく、その予後は良好であることが明らかとなっています。

  〜 当初蛋白尿がすくなくても、その後に増加する場合は予後が悪化します。なので、経過観察が必須です。 

  

  • 「5.予後 診断時の腎機能や症状により予後が異なる。成人発症のIgA腎症では10年間で透析や移植が必要な末期腎不全に至る確率は15~20%、20年間で約40%弱である 」 
     ~ 難病情報センター http://www.nanbyou.or.jp/entry/203 
  • 「当初 予後良好な疾患と考えられていたが,1993 年,1997 年に長期予後がフランスとわが国から発表され,想定より予後不良の疾患で,診断から 20 年後には 37.8%,39.0%が末期腎不全に陥ると報告された」
     〜  IgA腎症ガイドライン2017 P2   https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0210/G0001004 

 
このような、「IgA腎症は20年で3割以上が末期腎不全に進行する」という予後は 蛋白尿が多い症例と少ない症例をまとめて解析したものです。
また、解析の方法はカプラン・マイヤー法を用いたものですが、この手法では慢性腎疾患の予後が実際より悪く算出されてしまうと考えられます。(
➡️カプラン・マイヤーでは腎不全進行リスクが過大に評価される をご参照ください)

 

IgA腎症が血尿が先行して、その後に蛋白尿が出現するという経過をとる「場合も」あることは、よく知られています。
〜場合も、です。20年程前一部のグループが主張していた、IgA腎症ほぼ全例がこのような経過をとる、は誤りです。
仮に、蛋白尿を伴わないIgA腎症の予後も不良であれば、蛋白尿を合併しない血尿だけの場合も、腎生検でIgA腎症を診断をして扁摘パルスといった強い治療をすることが推奨されることになると思いますが(10年程前、一部のグループはそのような推奨をされていましたし、現在でも同様の方針を勧めている施設もあるかもしれませんが、、、)、ガイドラインや一般的な推奨では、血尿に蛋白尿を合併した場合には
腎生検での診断を強く推奨、血尿単独の場合は場合によっては生検を検討してもよい、となっています。
このことは、「
蛋白尿が出現・増加しないまま経過するIgA腎症も珍しくなく、その予後は良好」という事実が広く認められているからこそ、だと思います。

 

いくつか論文を紹介したいと思います。

 

(1)J Am Soc Nephrol 22: 752–761, 2011  ( https://jasn.asnjournals.org/content/22/4/752 )

Figure 3  パネルB   をご覧ください。
赤丸 () が 尿蛋白が全経過で1gを超えないまま経過したIgA腎症です。末期腎不全は20年後、KM解析で5%程度です。

また、331例中 211例がこの群にはいっていることにも注目したいと思います。
つまり、多くのIgA腎症は尿蛋白が1gを超えないまま経過し、その場合、末期腎不全に至るリスクは決して高くない、ということになります。
一方で、青の四角()が尿蛋白が1g以上が持続したIgA腎症であり、20年で約7割が末期腎不全に至ったいます。 1g以上の尿蛋白が持続するIgA腎症の予後は極めて不良です。

「IgA腎症は 10年で20%、20年で40%程度が末期腎不全に進行する」という記述は蛋白尿が少量で経過するIgA腎症と蛋白尿の持続するIgA腎症とまとめて解析した結果であることがご理解いただけると思います。

 

 

2)J Am Soc Nephrol. 2012 Sep 28; 23(10): 1753–1760    ( https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3458461/ )  

論文(1)では尿蛋白が1g以下の症例の経過ですが、こちらの論文(2)では生検時に尿蛋白が0.5g 以下のIgA腎症141例の長期経過が報告されています。最長15年年間のKM解析で末期腎不全は1症例もなく、クレアチニン値が 1.5倍となった症例が5症例と報告されています(Table 2 )
この5例は 生検後 7年〜17年で 全例eGFRは30以上であり、5
例中4例が蛋白尿の増加をともなっていたと報告されています。
残りの1例は妊娠出産時に腎機能の低下があった症例とされており、IgA腎症以外の要因による腎機能の低下と考えて良さそうです。
当初、尿蛋白が0.5g 以下であれば そのまま尿蛋白が増加せずに経過するIgA腎症が多数をしめ、蛋白尿の増加のないまま腎機能が悪化するIgA腎症は極めてまれであり、そのような症例はおそらくはIgA腎症以外の要因による腎機能悪化を合併した例であった、ということになります。

 

(3)  Clin Exp Nephrol, 19 (5), 815-21  Oct 2015  (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25475403)  

             〜日本腎臓学会会員の方は https://www.jsn.or.jp/journal/cen/e-journal.php でログインにより全文が読めます。

日本からの、扁摘も含む免疫抑制治療を受けたことのない、尿蛋白が0.5g 以下のIgA腎症 88例の経過の報告です。
約10パーセントが尿蛋白の悪化傾向を示し、15年で末期腎不全に至る症例は 2%程度とされています。
Resultsに明記はされていないのですが、Discussionの記載では尿蛋白の少ないIgA腎症は蛋白尿の増加を伴い末期腎不全へ進行するとの記述がなされており、末期腎不全に至った症例は蛋白尿の増加を伴っていたと思われます。

 

 

(4) Nephrol Dial Transplant (2012) 27: 1479–1485 ( https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21965586 )   

1155例のIgA腎症における 経過中の蛋白尿の平均値 (time average proteinuria,  TA proteinuria) と予後の関係を示した中国のコホート研究です。
Table 5  Groups II  をご覧ください。 1155中、45%を占める TA proteinuria  0.5 g  以下の症例では、カプランマイヤーによる解析で 10年でeGFR 50%低下症例はなく、20年で7%が 50% eGFRが低下したと報告されていますが、同時に末期腎不全も7%です。極めて少数例が末期腎不全まで進行し(上記のスペインの事例と同じように何らかのIgA腎症以外のでESKDに至った可能性が高いと考えます)、その他の大多数の症例は eGFR 腎機能の明らかな低下が起きていないということななります。
また、この群のeGFRの低下率の平均は −0.4  mL/min/1.73m 2 /year と健常人と同じ速度であると記載を見ても、尿蛋白が0.5 g を超えずに経過するIgA腎症において、腎障害が進行することは極めて例外的であることが明らかです。
なお、この論文での、「尿蛋白が0.5 g ~  1.0 g で経過するIgA腎症である程度腎障害が進行していくこと」は、重要な知見と考えます。

 

(5) PLoS One. 2016 Mar 15;11(3):e0150885. doi: 10.1371/journal.pone.0150885. eCollection 2016. 

小児IgA腎症の日本からの報告です。
経過中に尿蛋白の増加のないIgA腎症では腎機能悪化例がないことが報告されています。

 

 

 IgA腎症ガイドラインについて ➡️

IgA腎症の場合、初期に血尿単独ではじまり、その一部が尿蛋白の増加を伴い、尿蛋白が持続した場合は腎機能の悪化をきたすリスクが高くなるものの、一方で尿蛋白が増加しない場合は腎機能の悪化のリスクは極めて低い、という認識は IgA腎症ガイドラインでも明記はされていませんが、共有はされています。それゆえに、尿蛋白のある程度多い症例においては腎生検を行い、尿蛋白の多い症例においては副作用のリスクのあるステロイド治療の適応も検討する、という考え方です。 ➡️IgA腎症ガイドライン 2019 の記述より

 

 

 尿蛋白の少ないIgA腎症のその後の経過は?

このページでは「IgA腎症であっても、尿蛋白が少ないまま経過すれば、予後はよい」ことを中心に記載をしましたが、診断時に尿蛋白が少ないIgA腎症でも、その一部では将来、尿蛋白が増加し予後不良となるリスクがあります。

また、一部の症例は自然に検尿異常が消失します。
医学的には、自然寛解と表現される場合が多いのですが、自然治癒したと考えてよいとも思います。
ただし、一度、蛋白尿・血尿が消失しても再発する場合もあり、定期的な検尿が必要と思います。
インターネットで検索をすると a) IgA腎症は自然治癒しない、b) 早期に扁摘パルスで治療すれば必ず治癒する、といった印象の記述を目にすることもありますが、a)、
b)どちらも誤った情報です。
  ➡️ 血尿発症後 3年以内に扁摘パルスをしないと寛解しない? をご参照ください。
 

 

このページの記述でも、蛋白尿が少ない状況から尿蛋白が多くなる症例はそれほど多くないこという情報を含んでいますが、より詳しくは、「尿蛋白が少ないIgA腎症:将来、何割が悪化するのか?➡️ をご覧ください。

 

CKDのstage について

eGFRの低下しているIgA腎症は低下していないIgA腎症より末期腎不全のリスクが高いことは事実です。
とはいえ、eGFR 30~45 (CKD stage3b) に低下していても、尿蛋白が0.5g 以下が持続していれば eGFRの低下率の平均は正常範囲であり、
10年程度で末期腎不全へ進行するリスクはかなり低く、尿蛋白が多い場合とくらべれば予後は良好と期待できます。「eGFRが低くても、蛋白尿が少なければ、あまり心配はありません➡️ 」 をご参照ください。