IgA腎症ガイドライン の記述より
エビデンスに基づくIgA腎症診療ガイドライン 2020年 では、残念ながら、要約において、蛋白尿の重要性をできる限り「曖昧」にしようとする傾向が2017年版と比較して強化されてしまったように感じます。
統括責任者は 丸山先生より成田先生になりましたが、執筆された先生方はIgA腎症の研究グループの皆様のようで、身内に重要な研究上の課題を要約に取り上げてしまう傾向はがさらに加速した印象です。
2020年のガイドラインでは、2017年のガイドラインでは要約に記載されていた、下記のような記述は、要約からは削除されてしまい、本文の記述で文献が引用されるだけとなってしまった一方、臨床的意義が確定されているとはとてもいい難い日本腎臓学会のIgA腎症の寛解の定義を要約に記述しています。
「経過中の蛋白尿 や血圧は 初診時または診断時の 尿蛋白量,血圧,腎機能障害の程度および組織学的障害度よりも 腎生存率とより強く関連することが明 らかとなってきている. 」「IgA 腎症において経過中の尿蛋白量と腎予後との 関連を示した報告は多数ある. また,経過中の 1 年目や平均の尿蛋白量は診断時の尿蛋白量よりも予 後とより強く関連し,経過中に減少した場合にはも ともと低値の場合と同様の良好な予後を,逆に増加 した場合には高値を維持した場合と同様の予後悪化 を示すことが報告されている。」 ~ III 疫学・予後 5 予後と関連する経過中の判定指標 P73 2017年 ガイドライン
CKD 診療ガイドライン 2023 におけるIgA腎症の予後に関する記載〜、17-1-1 自然経過予後 17-1-2 IgA 腎症の予後に関連する判定指標 〜 いずれの解説要旨もいままでのガイドラインと同様に、一読しただけでは蛋白尿の重要性が理解しにくい記述となっています。
2017年以降、IgA腎症と蛋白尿に関しては下記の大きな進展があったのですが、、、、
1)2019年アメリカ腎臓学会とFDAの関連団体 「Kidney Health Initiative」 のプロジェクトとして 尿蛋白の減少をIgA腎症の治療の有効性を判定するサロゲートエンドポイントとしてよいと報告 Clin J Am Soc Nephrol 2019 14(3):469-481
2)2020年 FDAが、腎炎系の疾患の治療薬承認のサロゲートエンドポイントとして蛋白尿の減少を認めた。
3)現在、蛋白尿の減少をエンドポイントとしたIgA腎症の治療薬のRCTが行われている。その一部です。
NCT04578834 Study of Efficacy and Safety of LNP023 in Primary IgA Nephropathy Patients (APPLAUSE-IgAN)
NCT04905212 A Study of Telitacicept for Injection (RC18) in Subjects With IgA Nephropathy
NCT05016323 A Study to Evaluate the Efficacy and Safety of HR19042 Capsules in the Treatment of Primary IgA Nephropathy.
NCT04541043 Efficacy and Safety in Patients With Primary IgA Nephropathy Who Have Completed Study Nef-301 (Nefigard-OLE) (Nefigard-OLE)
執筆された先生方の中には治験中の薬剤の開発に関わっている方もいるのでは、とおもえるのですが、、、、
臨床的意義が明確となっている蛋白尿の意義を曖昧にしつつ、極めて少数の症例を対象としたコホート研究しかない日本の寛解基準や、研究段階のバイオマーカーなどを要約に取り上げる必要などないと思えます。IgA腎症において、蛋白尿は極めて意義の大きいバイマーカーですが、バイオマーカーのセクションでは一言も触れられていません。
ちなみに、NHKの今日の健康に出演された成田先生は 蛋白尿が重要です、と繰り返されていました。
ボス的な先輩医師の大声が通ってしまうのか、研究グループのなんとなくの忖度なのか。
つい最近まで、腎性貧血の治療のおいて、フェリチンをさげなければならない、といった意見が大手を振っていたことを想起します。
冒頭に記載した要約の変更は、どのような経緯で、どのような根拠で、なされたものなのでしょうか?
ネフローゼのガイドラインでは 膜性腎症ネフローゼに対するステロイド単独治療を推奨しない、と方向転換されました。また、一般の方向けの記載が追加されました。
次のIgA のガイドラインでは大きな方向転換をしてほしいものです。
(なお、余談ですが、筆者の施設では、膜性腎症ネフローゼに対して診断直後から一律にステロイド単独治療を行う、従来のガイドラインで推奨されていた対応は行っていませんでした)
下記は 2017年のガイドラインに関する記述です。
日本腎臓学会のIgA腎症ガイドライン 2017 では 蛋白尿の重要性が当サイトほど強調されていない印象がありますが、このガイドラインにおいても蛋白尿が予後に重要であることが記述されています。
「IgA 腎症では,初診時または診断時の尿蛋白量の程度,血圧値,および腎機能障害の程度が組織学的 障害度とともに腎生存率と関連することが明らかとなってきている.したがって,腎予後の予測はこれ らの項目を組み合わせたものが用いられることが多い」
〜 III 疫学・予後 4 初診時または診断時に予後と関連する要因 P71
そして、ある程度のリスクを伴う、腎生検、ステロイド治療の適応では、GFRの程度ともに尿蛋白の程度を重視した指針が提示されています。
1)蛋白尿の少ない血尿の場合の腎生検は弱く推奨 1gを超える場合は強く推奨
2)蛋白尿の多いIgA腎症において、副作用のリスクのあるステロイド治療を推奨
これらの事実は、蛋白尿の程度が予後を強く規定しているからこそ、であることは明らかです。
血圧を、蛋白尿と同様・同等に予後規定する因子として並列に記載されたりしていますが、「血圧の程度で腎生検やステロイド治療の方針を決める」といった記述ないことからも、蛋白尿はIgA腎症の予後にとっって極めて重要である事実が、ガイドラインで認識されていることがご理解いただけると思います。
また、このガイドラインが第一に重視している「IgA腎症腎症の組織型」から治療方針が決定する、という方向性がないことに気づかれた方も多いと思います。
P29
「顕微 鏡的血尿単独の場合,腎生検は確定診断には役立つ が治療の方針決定には役立たないため,腎生検の適 応は随意となる」
「蛋白尿が 1 g/日以上では長期予 後不良であると報告されているため,このよ うな場合は,腎生検を考慮すべきである.」
xi
P88
CQ 1 副腎皮質ステロイド薬は IgA 腎症に推奨されるか?
推奨グレード 1B 尿蛋白≧1.0g/日かつCKDステージG1~2のIgA腎症における腎機能障害の進行を抑制するため,短期間高用量経口ステロイド療法(プレドニゾロン 0.8~1.0 mg/kg を約 2 カ月,その後漸減 して約 6 カ月間投与)を推奨する.
推奨グレード 1B 尿蛋白≧1.0g/日かつCKDステージG1~2のIgA腎症における腎機能障害の進行を抑 制するため,ステロイドパルス療法〔メチルプレドニゾロン 1 g 3 日間点滴静注(あるいは静脈内投与)を 隔月で 3 回+プレドニゾロン 0.5 mg/kg 隔日を 6 カ月間投与〕を推奨する.
推奨グレード 2C ステロイド療法は,尿蛋白 0.5~1.0 g/日かつ CKD ステージ G1~2 の IgA 腎症の尿蛋 白を減少させる可能性があり,治療選択肢として検討してもよい.
また、本サイトで強調している「IgA腎症の予後は経過中の蛋白尿が強く規定しているという」事実の記述もあります。
「経過中の蛋白尿 や血圧は 初診時または診断時の 尿蛋白量,血圧,腎機能障害の程度および組織学的障害度よりも 腎生存率とより強く関連することが明 らかとなってきている. 」
「IgA 腎症において経過中の尿蛋白量と腎予後との 関連を示した報告は多数ある. また,経過中の 1 年目や平均の尿蛋白量は診断時の尿蛋白量よりも予 後とより強く関連し,経過中に減少した場合にはも ともと低値の場合と同様の良好な予後を,逆に増加 した場合には高値を維持した場合と同様の予後悪化 を示すことが報告されている。」
~ III 疫学・予後 5 予後と関連する経過中の判定指標 P73
一方で、病勢や予後といったパートで、蛋白尿の重要性を否定するかのごとき記述がなされている項目もあり、長期に渡る慢性疾患としてのIgA腎症の全体像やこのガイドラインにおける治療指針の理由を理解しにくくしているのではと思います。
「 1 定義・概念・沿革」 において、
「当初 予後良好な疾患と考えられていたが,1993 年,1997 年に長期予後がフランス6)とわが国7)から発表され, 想定より予後不良の疾患で,診断から 20 年後には 37.8%,39.0%が末期腎不全に陥ると報告された.」
という、20世紀の論文を引用した、10年以上前よりくり返さてきた記述が踏襲されていますが、
その後の20年間の多数のコホート研究の成果を反映した以下のような記述を追加すべきと思っています。
~ その後の検討で、尿蛋白1g/day 以上が持続するIgA 腎症の予後はきわめて不良である一方、経過中、尿蛋白が少ないまま経過するIgA腎症の予後は極めて良好であること、さらに、尿蛋白が多いIgA腎症でもその後に尿蛋白が減少した症例の予後も良好であることが明らかとされた ~