低ナトリウム血症に3%NaClの持続投与はお勧めしません。
48時間以内に進行した急性の低ナトリウム血症では、
中枢神経症状を伴い脳ヘルニアに進行する場合もあり、
3%NaCl 100 ml 程度を短時間で(状況によっては数回)投与すべきであることに異論はないと思います。
一方で、近年、中枢神経症状の治療目的ではなく、慢性の低ナトリウム血症に対しても、
低Na値の補正目的で3%NaClの持続投与が推奨されている場合も多いようですが、
過剰過剰補正の結果となる可能性が高く、おすすめできないと思います。
特に SIADHの場合、Do not use isotonic saline in SIADH との uptodateの記述もあり、
3%NaClの使用が不可欠であるような誤解もあるようですが、大きな間違いです。
Hypovolemiaが誘引の低ナトリウム血症の場合ですが、
生理食塩水投与によりhypovolemiaが補正されると、AVPの分泌が抑制されること、腎血流が増加すること、より、希釈尿の排泄が始まり、血清Naの上昇が始まります。
〜 大量の希釈尿がでると過剰補正のリスクも高くなるわけで、3%NaClの持続投与はそのリスクをさらに高くしてしまいます。
3%NaClの持続投与はしないこと、ならびに、時間尿を確認しながら尿量の著しい増加時には過剰補正に注意することが肝要です。
一方で、SIADHでは
1)Hypovolemiaが誘引ではない・AVPの自律的な分泌が持続している
2)Hypovolemiaを伴っておらず(ややHypervolemiaの場合も多く)、尿のNa濃度は比較的高く、
〜 場合によっては尿のNa(+K)の濃度が血清Na(+K)よりも高いこともある
が特徴的な病態です。
尿のNa(+K)値が生食のNa濃度 154 mEq/L mより高い場合には、
投与された生食に含まれるNaが尿中に排泄されると
結果として投与された生食に含まれる水が体内の残ることになり、
血清Naはさらに希釈されることになります。
尿Na(+K) 308 mEq/L という極端な場合を想定してみます。
生食1000mlを12時間で投与すると
- 尿Na(+K) 308 mEq/L
- 12時間で生食 (154 mEq/L) 1000 ml投与 12時間で尿量が500ml
- 尿中に生食で投与された154 mEq の Na(+K) が排泄されてしまう
- 水500ml が体内に残り 低ナトリウムはさらに進行
3%NaCl (513 mEq/L ) 500ml を 12 時間で投与していれば
- 尿Na(+K) 308 mEq/L
- 12時間で3%NaCl 500 ml 12時間で尿量が 500 ml
- 尿中に154 mEq の Na(+K) が排泄、投与されたNaは 256 mEq
- 差し引き 約 100 mEq のNa が付加できる
という 単純な溶液の濃度変化の問題が成り立ちます。
とはいえ、SIADHでも、多くの場合 尿の Na(+K) は154 mEq/L 以下なので、
このような事態は通常、起こりません。
ところが、SIADHにおいては、細胞外液が多めであるために尿中のNa 排泄が増えていると考えられており、
生食投与で細胞外液をさらに増加させた場合、尿中のNa排泄がさらに増加してしまうこともあり、
当初、尿の Na(+K) は154 mEq/L 以下であっても、
生食を比較的急速に大量に投与すると低ナトリウム血症がさらに進行することもあることはあり、
このことが、Do not use isotonic saline in SIADH の記述の理由の一つです。
Ann Intern Med 1997 Jan 1;126(1):20-5.
Postoperative Hyponatremia Despite Near-Isotonic Saline Infusion: A Phenomenon of Desalination
とはいえ、生理食塩水を投与した場合
「低ナトリウム血症が進行することもある」 であって、「必ず進行する」わけではありません。
事実 生理食塩水を2Lを24時間で投与した場合でも、血清Na値は上昇する例も、低下する例もあること が論文として報告されています。
QJM. 1998 Nov;91(11):749-53.
Treating the syndrome of inappropriate ADH secretion with isotonic saline.
この論文では、2L 24時間という、多量の生食が投与されており、SIADHの治療としては適切とはいえません。
上述したように、Hyervolemia傾向を助長して尿Na排泄を増加させてしまいます。
尿のNa(+K)濃度が高くないSIADHにおいては、生食500 ml /24hr の投与であれば、低ナトリウム血症が改善する場合がほとんどと想定できます。
そのようなSIADHにおいて、3%NaCl 500 ml の持続投与を行うとNa値の過剰補正をきたすことになってしまいます。
また、当初 尿Na(+K)が高値の症例でも、治療中に急に希釈尿が出始めることもめずらしくありません。
このとき、3%NaClで体内のNa量、細胞外液量を増加させる治療をしていと、単位時間あたりのNa排泄量は維持されているため、極めて多量の自由水が短時間で排泄される事態に至り、著しい過剰補正が容易におきてしまうことになります。
また、尿Na(+K)濃度が高いSIADHを3%NaClで補正した場合、同じ量のNaClを生食で補正した場合よりは軽度ですが、体内のNaの総量は治療介入前より増加し、おそらくは有効循環血漿量が増加を伴い、尿Na(+K)濃度と単位時間あたりのNa排泄量が上昇、Na値はある程度上昇したあと、低ナトリウム血症が遷延する事例も珍しくありません。
尿のNa(+K)濃度 が高い場合は、少量のフロセミドの投与を行い(5mg IVなど)1時間後のスポット尿でNa濃度の低下を確認しつつ、生食のゆっくりした投与を行えばよいと思います。
SIADHの治療では Hypovolemia傾向に持ち込むことで 尿のNa濃度が低下し、血清Na値の上昇が期待できます。
フロセミドの併用はHypovolemiaに持ち込める視点からも理にかなうと思います。
先日、SIADHで生食を使うな、とのご意見の、この分野の先生の講演でも、
実臨床では生食を適宜使い、どうしてもNa値をあなければならないときの手段として3%を使用する、とのことでした。
サムスカが使用できるようになりましたが、過剰補正のリスクが高そうです。
半減期もそれほど短いわけでもなく、どの程度の投与で適度な水利尿が可能か、予想は困難に思えます。
尿Na高値であるSIADHの病状から、突然、生理的なADHの抑制がかかり、大量の水利尿が始まる症例もあります。
このような時はピトレッシンを投与して、水利尿を止めた上でNa値の修正を行うことになりますが、
上述したこの分野で著名な先生も、サムスカの使用は勧めていませんでした。
過剰補正の自験例があるような口ぶりと感じました。
SIADHの治療過程で、飲水制限+輸液をしぼる といった対応をした場合、
尿量は維持される場合が多く、イン・アウト計算では OUT がかなり優位になる場合もあります。
hyovolemiaを心配となるとも思いますが、
SIADHでは
- もともとがhypervolemia傾向であること、
- 血清Na値上昇の過程では、細胞外液だけでなく、細胞内液の水も減っていく
ため、少々のOUT優位では、臨床的に問題となるような明らかなHypovolemiaにはなりません。
*********************************
これ以下は 臨床的な問題ではなく、電解質オタク 系の方けの お話です。
上記解説において、尿Na(+K) 308 mEq/L といった表現をとりました。
論点は尿中に排泄されたKが低ナトリウム血症を遷延させるのか? です。
近年の論文や教科書では、Na+Kの合計を 有効浸透圧陽イオンの排泄ととらえる場合が多いようです。
細胞外液のK濃度の変化がないとすると、Kは細胞内液から出ていくこととなりますが、
この時、細胞外液のNaが細胞内に移行するため、細胞外液のNaが低下する要因となる、という考え方です。
この考え方は 細胞内液の総量は変化しない、という仮説を前提としているわけですが、
細胞内から K+ とともに Cl- が喪失し、細胞内液の総量が低下する場合もあるのでは、と思えます。
とはいえ、この場合、水の細胞内から細胞外への移動を伴うので、細胞外液のNaは希釈により低下することになると解釈できます。
関連した問題として、
低ナトリウム血症では細胞内の有効浸透圧物質の総量が変化していなければ、
細胞内液の総量が増加していると想定できるわけですが、
一方で低ナトリウム血症に伴い、細胞内Kも喪失し、細胞内液の総量は変わらない場合もありそうです。
また、筋肉、中枢神経 など細胞ごとに、細胞外液の浸透圧が低下した場合の反応に違いがある可能性も高いと思います。
低カリウム血症を伴ったSIADHは浸透圧性脱髄症候群のリスクファクターとされていますが、
上記観点は、細胞内液のK喪失の程度の程度 グリア細胞の細胞腫大の有無、といった視点からは、
臨床的な問題とつながるかもしれません。